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何を続けて、何をやめるのか。

何を続けて、何をやめるのか。  3

>一日何かをやめてみる

まあ言われているように
1日誰もが24時間しかありませんし。

集中力もずっと持続するものでもない。

野球でも「ずっと全力投球」で
9回まで投げ切れるかというとそんなわけでもなく
クリーンナップと下位打線だと
力の入れ具合は違いますもんね。


自分の「器」があって
「器」以上はいれようがない。

逆に「器」さえおおきければ
自然と「新しい」ものが流れ込んでくる。

年配になっても大丈夫!
みたいな事例でいつもとりあげられる
カーネル・サンダースの事例がとりあげられています。

レストランの運営にいっぱいいっぱいだったら
(1店舗の収入はあったとしても)
フランチャイズチェーンという莫大な収益機会はなかったわけです。

まあこれは、1対多というか複製可能なビジネスモデルを
選んだこと自体が根本的なちがいかもしれませんが、
自店舗を「捨てた(なくなった)」ことで
はじめて可能になったことは事実ですよね。

「僕」はテレビをみなくなったり
ノートパソコンを立ち上げなくなったりするんですけど、

私の場合は、もうほとんんどテレビをみないし
パソコンは職業柄、動かし続けてるんですが
メールはときどきしか開かない(すきま時間)としてるんで
あんまりなさそうで、少し困りました・・・(^_^;)

でも、そうはいっても「捨てていい」ものって
やまほどあるはずなんですよね。

それに気づいてないのか、
気付かないようにしているのか。


生きてるかぎり「何か」あります。

新しい道路ができて店舗がかたむいたって
今で言うと郊外型ショッピングセンターができて
駅前の商店街がかたむいたっていうのとよく似てます。

今の日本だとガソリン高で車を使わなくなってきていると
渋滞がなくなった、車が売れない、自動車保険が売れない、
とか「ショッピングセンター」も車じゃないとでかけづらいですよね。

じゃあ駅前の商店街にもどるかというと
もう戻らなくて、インターネットでアマゾンとかで
注文しちゃう流れになるんでしょうか?
ケータイなんでしょうか?

そこらへんはわかりませんが、

「あの時よ、もう一度」

なんてことないのは、間違いありません。


器がガラガラにあいていたとしても
受け取る側に「準備」というか
オープンマインドでないと何も入ってきませんし。

そもそもオープンマインドでないと
古いものを捨てれないのかな、なんて思います。

楽なこと「常識」だとか「会社の指示」だとか
「マニュアル」だとか、頭をつかわない「反応」が
よくないんでしょうね。テレビに限らず。


いつもやってる「何か」をやめてみる。

この時期危険ですけど、
フロにはいるのやめるなんてのもありかもしれません。
(シャワーぐらいで)

これで時間はできるかもしれません。

サラリーマンなら
思い切って会社を辞めるというのも
あるかもしれません。

何をやりたいのかも重要ですけど
何をやりたくないのか、というのも同じくらい重要ですからね。



これは・・・何を続けて、何をやめるのか。
少し考えてしまいますね。



うーん少し難しいかもしれませんが

「不満を言う(考える)のをやめる」

これにしようかな。

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